LOGINこれではまるで|あ《・》|い《・》|は《・》|言《・》|葉《・》|の《・》|信《・》|者《・》|と《・》|い《・》|う《・》|よ《・》|り《・》|は《・》|む《・》|し《・》|ろ《・》――と、ここまで考えてシュベスターはそれでなにも問題がないことに思い至った。
「そうか、いい心がけだな。まぁ|お《・》|母《・》|様《・》|の《・》|言《・》|う《・》|こ《・》|と《・》|に《・》|間《・》|違《・》|い《・》|は《・》|な《・》|い《・》し、それでいいか。……では早速やってみるか。」 「はい!」 「よし……じゃあ、身体に触るぞ……。」 シュベスターはアイの後ろにまわり、その小さな|体躯《たいく》を抱きすくめるような恰好をとった。そして両手でみえない球体を支えるような形をつくる。 「ごほん……では私のこの手の内側に手を重ねてくれ。」 「は、はい」 「よし……今何を感じている。」 「おねえさまの体温があたたかくて……心地いいなと」 「げふっ……そうだなお前の抱き心地も匂いもいい……じゃなくて、感情のことだ。」 「あっ……すっすみません……。」 アイとシュベスターはお互い顔を赤くして目を泳がせる。 「そうですね……これは……このあたたかさは、ここちよさは……これが、しあわせというものでしょうか……?」 アイがはにかみと共に感情を言葉にする。 「っ……よし、まずは一番簡単な、その時感じている感情をありのまま形にするんだ。」 シュベスターは一瞬驚いたがその鉄仮面を保ったまま指導する。 「高いところから下に感情を降ろしてくるイメージだ。頭の上から幸福が降ってくるような感じで……。」 最初天国からしあわせが落ちてくるようなイメージをしていたアイだったが、それでもたらされるのは得も言われぬ苦しさだけだった。身体がぶるりとふるえて、どこかに逃げ出したくなる。アイは考えた。 ――くるしい。 「帰りたい……。」 帰りたい……?|ど《・》|こ《・》|に《・》?あいのおうちは|ミルヒシュトラーセ家《ここ》なのに。 「アイ?大丈夫か?」 姉の声が深く沈んでいたアイの思考を現実に引き戻す。 「は、はい。すみません……なんだかうまくできなくて……。」 なにかをとても恐れているという震えた声音だった。 「……?……謝るな……何も悪いことをしていないだろう。それに最初からうまくできるやつは|稀《まれ》だ。ゲアーターだってそれはひどいもんだったらしいぞ。」 安心させようとおどけた口調で言う。 「そうなんですか……?」 「あぁ……今度聞いてみろ、毎回アイツに嫌な顔をさせられるからな。」 「ふふっ、だめですよ?いじわるは。」 「仕返しだよ、アイツもよく|揶揄《からか》ってくるからな。そうだな、どんなイメージをしている?」 「高いところと聞いてイメージしたのが天国だったので、天球の上の天国を考えました。」 「ふむ……そうだな……すこし現実味に欠けるのかもな。天国には行ったことがないだろう?|在《あ》るのかもわからない。」 「はい……多分行ったことはないです。」 「多分?恐ろしいことをいうな、私が保証してやる、お前は生まれたときからずっと|兄姉《わたしたち》といっしょだっただろう?」 「そうですね……そうです。」 「心を具現化するといってもな。なにもお|伽《とぎ》話の不思議な力を使うんじゃない。感情とは元々確かに現実に存在するだろう?イメージをもう少し現実的にしてみろ。」 「は、はい。」 高いところ……頭の上、屋根、雲の上、空、快晴の青い空……空……空……そこから朝が降ってくる……あいの頭の上に……! ふわりとアイの手の中でやわらかな何かが踊っている、レモンイエローのそれは、|儚《はかな》く、|揺蕩《たゆた》う、今にも消えてしまいそうなそれは――。 「……これがあいのしあわせ……。」 「そうだ!よくやったなアイ!」 感極まったようにシュベスターがアイの頭を撫でる。 「わっわっ。あっありがとうございます……でもこれはおねえさまのしあわせとは色も形も違います。おねえさまのはもっとピンクで硬そうで……。」 「|し《・》|あ《・》|わ《・》|せ《・》|の《・》|か《・》|た《・》|ち《・》|は《・》|人《・》|に《・》|よ《・》|っ《・》|て《・》|違《・》|う《・》からな。|何《・》|を《・》|し《・》|あ《・》|わ《・》|せ《・》|と《・》|呼《・》|ぶ《・》|の《・》|か《・》|す《・》|ら《・》。だろう?」 「つまり同じ感情でも生み出す人によっていろいろな色や姿がある……?」 「そうだ。あいのしあわせは、確かに不安定で儚げで……でも綺麗だ。」 「あっありがとうございます……あ、あの!おねえさまのしあわせも!……きれいでした。」 「ふふっ、そうか?ありがとう。感情の姿は人によってさまざまだ。炎のような怒りもあれば、燃えるような愛情もある。涙のようなかなしみもあれば、海のような喜びだってある。 液体だったり気体だったり、固体だったり……波の形……つまり光や音なんてのもあるらしい。本当に人それぞれだ。使いようも自分の感情の表れ方に合わせたものになる。」 「そうでした……使うんでしたね、これを……。」 アイは自分のしあわせを|愛《いと》おしそうに抱きしめる。 「あぁ、お前には気乗りしないかもしれないが。感情はそれが好感情か悪感情かによって使い方を大別される。 なぜなら、怒りや憎しみはそれに触れた者を傷つけ、愛情は癒すからだ。つまり、|心者《ヘルツァー》は敵に怒りをぶつけ、憎しみを与える。そして、|輩《ともがら》に愛情を捧げ、喜びを与える。そうして戦うんだ。」 「他人に自分の感情をぶつける……そんなことをして、恐ろしくはならないのでしょうか?」 「最初はな、だが皆戦ううちに慣れて感情を使うことを|厭《いと》わなくなる。感情を他者にぶつけているうちに、誰も彼も感情に敬意を払うことをしなくなるんだ、いちいちそんなことをしていたら先に他人の感情に殺されてしまうからな。」 アイのしあわせはいつのまにか、どこかに消えていた。まるでそのちいさな手のひらには大きすぎたかのように。 「でも……。」 アイの悲しそうな顔を見て、姉はすこし――他人が見ればわからないだろうがアイだけにはわかる――すこし、微笑んだ。 「そんな顔をするな……アイ。」 膝をつき目線を合わせ、あいの|頬《ほほ》をやわらかく撫でる。 「感情を思うままに表現できるようになれば、お母様ももう少しお前を認めてくれるかもしれんぞ?」 「おかあさまに……!わかりました!」 “お母様”という|魔法《のろい》の言葉で、あいのそれまでの|逡巡《しゅんじゅん》や感情を他人にぶつけることへの|躊躇《ちゅうちょ》が吹き飛ばされた。 突然、シュベスターがナイフを取り出し、唐突に自らの手を切りつけた。 「おねえさま!なにを!」「あっ……ミルヒシュトラーセ様は、お弁当なんですね。」 「はい。お料理は好きなんです。」 「あっ、えっ……あっ、ご自分で作られているんですか?貴族なのに?」 「は、はい……やっぱり変ですかね?でも学校に通うようになって、おねえさまが毎日おいしかったぞって言ってくれるのがうれしくて。」 「あっ……変じゃないです!うちも畑仕事の合間に自分で作ったありあわせのモノを食べたりしまし、します、しますし!」 「そうなんですね!」 えっ、かわいいだけじゃなくてお料理まで!?できらぁ!!てかまじおいしそうだし、|彩《いろど》りもすげー、食わせてくんねーかなぁ!?あわよくばあ~んしてくれ!!いや落ち着けアルターク。アルターク・デイリーライフ……。クールに行くんだ。Be cool Stay cool……。てかぜってぇお裁縫も家事もできるじゃん!!貴族なのに!!貴族なんて面倒ごと全部使用人任せだから、料理ができるとか逆に恥ずかしいことって言ったの誰だ!?おれがぶっ飛ばしてやる!!ええー、お嫁さん検定1級!!この子、私のお嫁さんに決定!!!Foo~! 「あの、アルターク様。」 天使が両手を合わせて不安げにこちらを見上げている!なんだなんだなんだ!? 「あっ……どうされましたか、ミルヒシュトラーセ様?」 私、話始めに、絶対『あっ』ってついてるんですけど!?非モテまるだしじゃん!?あっあっあっどうしよう。 「これは、お願いなのですが、もしよろしければ、わたくしのことはアイ、とお呼びいただけませんか?」 「えっ……あっ、でもでもミルヒシュトラーセ様ですし……。」 「ええ、ですがわたくしは自分の家名が苦手でして……そ、それに!この学園にはおねえさまもいますし!どっちのことか分かりづらい
アイが 初めてマンソンジュ軍士官学校に登校した時は大変だった。入学式におとうさまとエレクトラ様が来てくださらないことには、もう痛めるこころもなかった。他のきょうだいのときは必ず行ったのに、とは思ったが。 シュベスターと手を繋いで入学式に|赴《おもむ》いたのだが、シュベスターは有名人らしく、とても目立ってしまった。そんな事もあって、またその|類稀《たぐい》なる可憐な容姿も原因となり、入学してからも|暫《しばら》くはアイは|高嶺《たかね》の花として遠巻きに眺められるだけだった。 そして、水面下のうちに、ファンクラブまでできて、抜け駆けしてアイに話しかけるのは厳禁とされていた。それがアイを悲しませているとも知らずに。ファンクラブの連中はアイではなく理想化したアイを見ていたのだった。だから、自らの行動が現実のアイを悲しませていても、気がつけない。 そんななか窓際で|愁《うれ》いを帯びた美しい横顔を描いていたアイに、話しかける者がいた。その生徒の名はアルターク。アルターク・デイリーライフだ。パンドラ公国の田舎の農家の出で、第一の性は女、第二の性は|人間体《アニマ》だった。 彼女はこの年代の女子にありがちな特性をご多分に備えていた。つまり、甘いものが大好きで、うわさ話が大好きで、かわいいものが大好きで、かわいい人が大好きで……かわいい人を|愛《め》でるのも大好きだった。そんな彼女がアイを前にして声をかけずにいられるわけがなかった。アルタークは学校に通うため、地元を離れ都会に出てきたばかりだった。 ◇◆◇ かっっっっわいい!!!いや、え?こんなにかわいい人がいるの?都会には?うじゃうじゃ?ありえねー。都会こえー。都会の学校ではこうなの?てかここ一応軍学校だよね?え?こんなお姫様みたいな子が?戦うの?あっ、そうか!天使として戦場で傷を負った人を癒すのか!そうだ!そうに違いない!いやーあぶないあぶない勘違いするところだった。 てか私がずっと見てるから、不思議そうにこっち見てない?天使ちゃん。アッ……不思議そうな顔もかわいい……。くりくりのおめ
「はるひくんって好きな子がいるんですか?どんな子ですか?」 しらぬいさんはどこか呆れたような顔をした。 「うーん?誰だろうね?まぁしらぬいさんは敵に塩を送るような真似はしないのさ〜。とくに|意《・》|地《・》|悪《・》|で《・》|し《・》|か《・》|愛《・》|情《・》|表《・》|現《・》|で《・》|き《・》|な《・》|い《・》|よ《・》|う《・》|な《・》|お《・》|子《・》|ち《・》|ゃ《・》|ま《・》にはね〜。」 「???」 「でも気持ちも分かるんだよね〜。アイちゃんをみているとね〜。」 「みていると?」 「ドロドロに甘やかしたい気持ちと、かわいすぎていじめたい気持ちが交互に|沸《わ》き上がってくるんだよ〜」 ギラリと光る眼。 「きゃっ!」 「……なーんて冗談冗談、アイちゃん反応がかわいいから、からかいたくなっちゃうんだ〜。かわいすぎてイジメたくてなる気持ちってキュートアグレッションって言うらしいよ、|地獄《パンドラ》の言葉で。しらぬいさんの豆知識〜。」 「は、はぁ?」 「こんな話をしたのは理由があって、アイちゃんかわいいから、意地悪されたら、もしかしたらキュートアグレッションかも?って思ってあげてね〜。まぁだからといって意地悪していい理由にはなんないんだけどさ。」 「……おかあさまが、|そ《・》|う《・》だったらよかったんですけどね……。」 「あちゃ~、そっちいっちゃったか〜」 「そっち??」 「まあまあ、そんなことより、今はアイちゃんを無事に送り届けるという任務中だからね!真剣にいかないと!」
ぎゅっと抱きしめられる、あたたかい体温が伝わってくる、差別をする人間にだってあたたかく赤い血が流れているのだった。 だから、わたくしは―― 「おねえさまは、大人ですね、わたくしにはとても、そのように考えるのは難しいです。」 「私は大人なんじゃない。ただこの両の手で守れるものには限りがあるということを知っているだけだ。 人間誰しも自分の理想の世界を生きたいものだ。だが、初めて親の庇護下を離れ家から出て、公園で遊んだときに、皆思い知るんだ。外の世界にはどうしようもない理不尽があって、自分の力じゃあどうにもできないことが確かにあるんだとな。 それはもしかしたら、いつまでたっても遊具を|譲《ゆず》ってくれない年上の子に会ったとき、もしくは初めて意地悪な同級生に会ったときか、そういう時に皆気づくものだ。 あぁ、今までは両親の腕の中というやさしい楽園の中にいたんだとな。そして、これからは自分一人でやさしくない外の世界の理不尽と向き合っていかなくちゃあならないとな。」 「そう、ですね……。」 わたくしは、両親の腕でできたやさしい楽園なんかにいたことはない。産まれてから一度だって。 「そうしてみんな自分のわがままや理想が通じない世界、学校や公園に出たときにそれぞれの生き方を選ぶんだ。 ある者はいじめっ子や先生に|媚《こ》びへつらい、理不尽に対しておもねることで生きていこうとし、またある者は他者や目上の人間に反発し、理不尽と戦うことで生きていこうとする。 どっちが正解かなんてのは分からない。社会にでてもそうだろう、媚びへつらう相手が上司や客に変わるだけだ。」 「おねえさまは人生の理不尽との、どんな付き合い方を選んだんですか?」 「私の場合は、家族や友と、それ以外だ。つまりいくらでも理不尽は受け入れるが、それが私の家族……お前やお
「――ほう?……詳しく聞かせてもらおうか?誰が……何だって?」 空気が凍った。今までわたくしを取り囲んでいた風紀委員さんたちがギギギと音を立て、後ろを振り返る。どうやらいつの間にか委員長の机の横の扉から入ってきていたらしい。へー、あんなところにも入り口があったんだー、とのんきに考えていると、委員のみなさんが必死で言い訳を始めた。 「いやー!だからこそ違反の抑止力になるっていうか!」 「ほんとそれ!それすぎるわ!」 「いつも助かってます!さすが委員長!!よっ!」 「逆にね!?いい意味で鬼なんだよなー!な!」 「そう逆に!!いい意味で鬼畜なんだよなー!」 「やっぱ委員長はすげぇや!」 「っぱ、ちがうなー!」 「それなー!それすぎるわ!!」 紅茶を|啜《すす》りながらそれを眺める。 「ふん……まぁ、オマエらの説教は後回しだ。」 「「「そんな!」」」 ふとおねえさまがわたくしを視界に|捉《とら》える。すると打って変わってふっとやさしく微笑む。……なんだかうれしくなる。 「アイ……!来ていたんだな。こんなところに。コイツらはお前の教育に悪いからな、あまり会わせたくなかったんだが……。」 「あの、一応うちら秩序を守る風紀委員なんすけど……。」 「教育にバリバリいいんすけど……。」 「むしろうち等が教科書まであるんすけど……。」 「しかし、登下校以外でもお前に会えるとは……。」
マンソンジュ軍士官学校での日々は概ね順調だった。 朝はおねえさまが一緒に登校して下さるし――|流石《さすが》に手を繋いでいるのを知人友人に見られるのは少し|面映《おまは》ゆかったが、おねえさまたっての希望なので|無下《むげ》にできなかった――、クラスのお友達はみんなやさしいし――アルタークちゃんという特別仲良しな子までできた――かげろうと一緒の学び|舎《や》で過ごせるし、一見いいことばかりだった。 全てにおいて優秀な|獣神体《アニムス》のフリをして学校に通う事には不安もあったが、座学は、もともと学ぶことや知ることが好きだったので、学年で一番をキープできている。|心《ヘルツ》の授業でも、|こころをもつもの《プシュケー》の能力を使ってなんとか|獣神体《アニムス》並みのパフォーマンスを発揮できている。 一番問題があるのは体術の授業で、|人間体《アニマ》であることもあり、力もノーマルの幼子より弱いわたくしは、こればかりはごまかしがきかないのでどうしようかと頭を悩ませていたが、|幸《さいわ》い他の部分の成績でカバーできているらしく、筋力や|膂力《りょりょく》のない、力の弱い|獣神体《アニムス》であると思われることで、なんとか助かった。 当初は力の弱い|獣神体《アニムス》などいるわけがないという者もいたらしかったが、座学と|心《ヘルツ》で優秀な成績をのこしていること、また何より、ミルヒシュトラーセ家の一員である自分が|獣神体《アニムス》でないわけがないという結論に落ち着いたらしい。 正直今まで家の名に苦しめられることはあっても、助けられることはないと思っていたので驚いた。もしかしたら、今までも自分でも|知《・》|ら《・》|ず《・》|知《・》|ら《・》|ず《・》|の《・》|う《・》|ち《・》|に《・》|ミ《・》|ル《・》|ヒ《・》|シ《・》|ュ《・》|ト《・》|ラ《・》|ー《・》|セ《・》|と《・》|い《・》|う《・》|名《・》|に《・》|助《・》|け《・》|ら《・》|れ《・》|て《・》|き《・》|た《・》|の《・》|か《・》|も《・》|し《・》